キリンの血圧調節の機序 ~圧受容体反射と奇網の存在~

キリン大好き!

私たちは、頭を下に下げると、脳の血液が一時的に増加し、頭が重い感じになります。キリンは背が高く、背筋を伸ばしたときは脳の位置は地上から4m以上になります。水を飲むときはほぼ地上0mになります。ヒトは1m程度の高低差で頭が重くなりますが、キリンは4mの高低差にどうやって対応しているのかとても不思議に思いました。

キリンの血圧 ~脳と心臓の高さでの測定~

デンマークからの研究チームが、キリンにおける血圧を詳細に測定した研究がありました [Brøndum, 2009]。キリンの平均血圧 *は通常の姿勢では、193 mmHg(頭を上げた姿勢での心臓付近の血圧)とかなり高めです(下図)。注目なのは、頭を下げると心臓付近の平均血圧が131 mmHgと大きく低下することです。心臓付近の血圧を変動させることにより脳付近の血圧をある程度一定に保つように調節しています!

*平均血圧 =(収縮期血圧 - 拡張期血圧)÷3 +拡張期血圧

脳の平均動脈圧はある程度一定に保たれています。頚静脈はバッファーの役割を果たします。

ヒトの脳幹部延髄(脳の根本部分)には、頭蓋内圧を感知する圧受容体が存在し、これにより交感神経(心臓収縮増強、心拍数増加、末梢血管収縮増強 ⇒ 血圧上昇)の活動性が支配されています [岸, 2015]。これを圧受容体反射と呼びます。

脳内の圧が上がると交感神経の活動は抑制され、体全体の血圧が下がります。逆に脳内の圧が下がれば交感神経の活動は促通され、体全体の血圧は上がります。キリンにおいても、ヒトと同様の機序が働いていると予想されます。

頚静脈の逆流防止弁と奇網(ワンダーネット)

キリンの首の静脈にはところどころに逆流防止の静脈弁があります [Brøndum, 2009]。水を飲もうと頭を下げた際に、長い頚静脈の血液が一気に脳に逆流すると脳内の圧力が高まりそうですが、これを防止します。

さらに後頭部(頭蓋底)に奇網(ワンダーネット)と呼ぶ網目状の特殊な毛細血管の塊があり、緩衝装置として働くのではないかと推測されています。本来の奇網は、温度調節に重要な役割 **を持ちます。キリンにおいては、血管の表面積が大きく血管内腔容量に柔軟性を持たせる(ゴム風船のようなイメージです)ことにより、「頭を下げて水を飲もうとすると奇網が血液を取り込んで脳の方に一度に大量の血液が流入するのを防ぎ」、反対に「首を上げた時は奇網から血液が放出されて血圧の急激な下降を防いでいる」のではないかと推測されています。この奇網の役割についての証明は難しく、推測の域をでません。

ヒトでは内頸動脈が脳への循環のメイン経路ですが、キリンでは椎骨動脈がメインです。

**奇網の役割:奇網は脊椎動物に見られる、動脈と静脈からなる構造です。これらの血管は非常に細く、ごく近接して配置されており、内部の血流は互いに逆方向になっています。これは対向流交換系と呼ばれ、熱・イオン・気体などを血管壁を通して効率よく交換することができます。ヒトには通常は存在しません。動物では、暑いときは浅い頻呼吸を行うことにより冷やされた鼻粘膜からの静脈血が、頭蓋底の静脈叢に集まります。その静脈叢を内頚動脈が細かく枝分かれして貫通するような形で走行し、冷やされた動脈血が脳への血流として送られます [Porter, 2015]。

ヒトとキリンの関係

動物のことを学ぶとヒトが進化の過程で何が必要でなくなったかを理解(想像?)できます。衣服を含めた外部からの防暑防寒対策により奇網は退化したのかも、圧受容体反射はキリンの方が高度なのかも、キリンの頚静脈弁はとても立派で頑丈なのかも、といろいろと想像すると楽しくなります。動物を学ぶことは自分(ヒト)を理解することに直結すると感じました!

文献

Brøndum et al. Jugular venous pooling during lowering of the head affects blood pressure of the anesthetized giraffe. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol 2009; 297:R1058-65.
岸拓弥. 高血圧は脳の異常であり治療標的は脳である. 日薬理誌 2015;145, 54-58
Porter WR, Witmer LM. Vascular patterns in iguanas and other squamates:blood vessels and sites of thermal exchange. Plos One 2015; 10: e0139215.

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